夕麗



高い所が怖いのは、空を羽ばたける気分になるから、翼のないことを思い出しては足がすくむ。いつからか、地面をみつめてしか歩けない。放課後の校舎、翼をください、と合唱する、こびりついた残響。かすれては上書きする、清書、清書、清書、羽箒でいくら塵を払っても、清らかなどではなく、癖のある筆跡、間違えたままの書き順、乱れた読点、諦めてつけた句点、じんせいと書けば濁音が先にくる。羽ばたいた、羽ばたこうとした、羽ばたけた、血の文脈を、まだ、書き継いでいない。人にめぐり逢って、語ることが、語りたいことが、あったと知る。歩道橋の上から、日の落ちていく方角に、手をのばす。




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