手児奈



  花はものいはぬ、と世は信ずる。非ず、言はざるにあらず聞かないのかも知れない。

──泉鏡花『雌蝶』


歩こう、と思ったんです
予定もなんにもない、から

くうはくを うめてゆくのは ゆっくりとした あしどり こきゅう
かわぞいを はじめてのみちを こうさてんを ふりかえる こともなく

古い桜の樹は冬枯れて、花も葉もなけれど、無骨な幹の逞しさ、露わに

お香のかおりに誘われるようにおとずれた、初詣のひとで賑わう弘法寺と、そのてまえにある手児奈霊堂
——むかしむかし、おおくのひとびとから求愛されて悩み苦しんだ美しい乙女は、入日とともに海へ没したのでした

  手折らるる花の嘆きはいかほどか

合わせた掌が、蝶になり、ため息をつれて飛びたった

歩こう、と思えたんです
予定もなんにもない、けど、
まっさらなこころで、もういちど




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